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  • 執筆者の写真田中 乗光

体をノコギリで切られても、怒ってはいけない

 お釈迦様は、「体をノコギリで切られても怒ってはいけません」と、おっしゃられたそうです。極悪非道な犯罪者に、生きたままに体をノコギリで切られる、そんなことがもしも起こることがあっても、相手を非難せず、怒ってはいけない。そうおっしゃられたと言われます。

そんな訳も分からず自分の体をノコギリで切られて、怒るなというのは理解に苦しむ考え方です。なぜ、お釈迦様はそんな滅茶苦茶なことを言われたのでしょうか。お釈迦様はとても過酷な難行苦行をされ、肉体的にも厳しく鍛え抜かれたから、そんな超人的なことを言われたのか・・・お釈迦様は確かに超人的ではありますが、しかし、お釈迦様はそれだけ怒りというものを持ってはいけないことを伝えたかったのだと思います。


 生活を見返してみると、イライラしたり、怒ったりしない日は無いくらいにイライラしたり怒ったりしている気がします。

通勤時に、電車が時間通りに来なくてイライラ。来た電車に乗れば満員でイライラ。急いで会社に向かっているのに前を歩く人がゆっくりと歩いていて急げずイライラ。会社に到着して鞄を開けると鞄の中にお弁当の汁がこぼれていてイライラ。イライライライラ・・・改めて考えると、よくこんなにもイライラ出来るものだと思うほどイライラしています><


イライラを2つに分けて見てみると、外的要因によるイライラと内的要因によるイライラがありそうです。

・外的要因によるイライラ:電車が時間通りに来ない。満員電車。などなど

・内的要因によるイライラ:鞄の中でお弁当の汁がこぼれる。寝坊する。などなど


 外的要因によるイライラは、自分が原因ではない、周りの状況などでイライラすること。この外的要因によるイライラを解消させる事は出来のでしょうか。24時間365日自分の思い通りに良いことばかり起こる訳ではありません。この間買った服がバーゲンセールになっていたり、ご飯食べようと思ったら電話がかかってきたり、夏は暑いし冬は寒い。良いことより、むしろ悪いことの方が出会うことは多いかもしれません。この外的要因によるイライラの考え方として、“~するべき、~であるはず”という考え方の影響が大きいそうです。電車は時間通りに来るはず・・・しかし来なくてイライラしてしまう。こんな時皆さまどうされていますか?電車の到着が遅れて約束に間に合わない。約束相手に連絡して遅れることを伝える。電車をあきらめてバスで行く。などの工夫を皆さんされているのではないでしょうか。電車が来ない、ではどうしよう。この“では、どうしよう”と、考えて次に進むことが役立ちそうです。

また、お釈迦様は一切皆苦と、全て苦しみである。とも説かれています。ですから、そんな自分に都合の良いことばかりは起こらないという事を改めて思い出すこともイライラを抑える助けとなるかと思います。


 内的要因によるイライラは、自分の行動が原因でイライラすること。

鞄の中でお弁当の汁がこぼれていたり、寝坊をしたり、時間をかけて作った資料がパソコンに保存されていなかったり。と、思い返してみると、ミスや失敗の原因が多いようです。

ある方が明石家さんまさんに質問をされたそうです。「仕事について反省することとかないんですか?」「ベストを尽くしてるから反省のしようがない」と言われたそうです。

ここでも“では、どうしよう”と、考えて次に進むことが役立ちそうです。

お弁当の汁がこぼれないように、こぼれても大丈夫なように・・・など考えてみることが良さそうです。


 自分で工夫をして、出来る限りイライラしないようにする。“では、どうしようと。

体をノコギリで切られても怒ってはいけない、それに比べれば電車が遅れるくらいと思えると少しは気が楽になりませんか。


合掌


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